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少なくとも総てではないよね/『メアリーの総て』

メアリー・シェリーの伝記映画『メアリーの総て』を観た。

結構ホットな俳優を集めていてメアリーにエル・ファニング、メアリーの継母にはダウントンアビーでアンナを演じたジョアンフロガット、スコットランドの友人にはゲームオブスローンズのアリアのメイジーウィリアムスですね。エル、すっかりお姉ちゃんのダコタよりも仕事多くなってしまった感がありますね。

監督はあまりよく知らなかったがサウジ出身の女性の方らしい。テーマ性もあって、画面もよく作り込まれてると思いました。何となく主義主張が透けて見えてて物語とシームレスじゃない感はありましたが、「女性として生きることの絶望」や、「名前が世に出なくて手柄を奪われてしまうことへの反発」といった主義主張自体には好感が持てます。


脚色じゃなくて事実だったらしょうがないと思うんだけど、駆け落ちして極貧生活を送ってるところに無理やり借金して家を借りるとか、とにかく夫のめちゃくちゃな行動が目に余るわ……。本編の時間軸では正式に結婚しないままなんだから、タイトルは「メアリー・シェリー」じゃなくてメアリー・ゴドウィンでいいと思うんだけどなあ。やっぱり世に知られてるのがメアリー・シェリー(日本ではひどいと「シェリー夫人」で済んじゃう)名義なので集客の問題なんですかね。邦題「メアリーの総て」は最近よくあるトンデモ邦題(「未来を花束にして」とかね!!)ではないにしろセンスがあるかと言われるとそうでもないし、論外ですね。

あと、若い女性だからいろんな壁が待ち構えててそれに葛藤するメアリー……というシーンを色々描いたうえで、お父さんの書店での出版記念会でパーシーに清々しい顔で「作者はメアリーです」と言わせた上でのチューへの回収は「ちょっと大団円すぎというか、夢物語すぎないかい。怪物の絶望はどこへ?」と思いました。物語としてうまいことまとめようとしすぎたのかな。