墓場よりお送りいたします

ブン学、オン楽、映画のはなしなど

コミュニティもアイデンティティも”プライド”もない、ただ男を愛した男のすがた/『ブロークバック・マウンテン』

ブロークバック・マウンテン』を観た。ヒースレジャー、滑舌悪いけどエモいですね。


ある夏、二人の若者ジャックとイニスが羊の放牧のためのカウボーイ(季節労働者)として雇われる。世間から隔絶された山の中で毎日過ごすうちに、二人は身体を重ねてしまう。放牧のシーズンが終わり、イニスは地元へ帰って婚約者と結婚、ジャックは当てもなくロデオ乗りを続けていた。次のシーズン、ジャックはまたブロークバックマウンテンで働こうとやってくるが、雇い主にはイニスとの関係を見抜かれており嫌悪もあらわに追い払われる。またイニスは子供も産まれ地元の牧場で働いておりブロークバックにはやって来なかった。失意のジャックはロデオ大会で出会ったラリーンと結婚するが、裕福な彼女の実家の中で疎外される日々が続いていた。

ある時イニスの元にジャックから手紙が届き、訪問したいという。久しぶりに再会した二人は物陰で熱烈なキスを交わし、「山に釣りに行く」と言って数日間二人で過ごすことにする。しかし実はキスをイニスの妻アルマに見られており、アルマはイニスへの不信感を募らせる。その後も何年にもわたりキャンプをしては絆を保っていたが、二人で牧場を持ちたいというジャックと、離婚し養育費の支払いに追われ、また幼い頃の経験からゲイフォビアの暴力を恐れているイニスとは衝突してしまう。

ある日イニスがいつものようにジャックへ葉書を送ると、宛先人死亡で返ってきてしまう。ジャックの家に電話をかけると、まだ39歳だったが事故で死んだとのことだった。「遺灰をブロークバックマウンテンに撒いて欲しい」という遺言をラリーンから聞いたイニスは、遺灰を持っているジャックの両親に会いに行くことにする。実家のジャックの部屋でシャツを見つけたイニスは、親切に迎えてくれたジャックの両親を後にし、シャツを持ち帰る。

数年後、トレーラーハウスで暮らすイニスの元に娘のアルマ・ジュニアが結婚の報告に訪れる。イニスは「大事な娘の結婚式なのだから、仕事を休んで出席する」と言って祝福する。アルマ・ジュニアがトレーラーハウスから去った後、ブロークバックマウンテンの絵葉書とジャックのシャツを見つめイニスは「永遠に一緒だ」とひとりごちる。


多分イニスはジャックに出会わなかったらマッチョなゲイフォビアのままだったんだろうなと思うし、ジャックを好きになってからもゲイフォビア的な価値観を内包しているキャラクターだと思う。同性愛者への風当たりが強いどころではない、存在が認められないような社会、もちろん世間に認知されたゲイコミュニティもゲイとしてのアイデンティティも何もない社会における男性同性愛者の愛を見事に描いていると思う。もちろんゲイフォビアを共通認識としたホモソーシャルのなかで生成されるトキシック・マスキュリニティは批判されるべきだと思いますが、むしろ2020年代クィアの可視化が進んだことで「そういうカテゴリー」ができてしまって、気張ってゲイとしてのアイデンティティを誇るのって何なんだろう?とすら思う。