墓場よりお送りいたします

ブン学、オン楽、映画のはなしなど

何もはっきりとは言わないままでいて/『ラスト・ストーリーズ』

アイルランドの作家ウィリアム・トレヴァーの短編10篇を集めた作品集。どれもはっきりと「答え合わせ」をしないけれど、かと言って物語構造がぼんやりしているわけでもない、ジャンクさとは程遠い繊細な物語だった。中でも「冬の牧歌」が好きになった。ラストの3文、すごいパンチラインだ。


「ただひとつ使用人たちに伝えたいのは、愛は昔と少しも変わっていないということ。彼への愛は彼女の影の中にあって、彼女への愛はふたりが親しんだ部屋や場所にあるということ。愛はいつまでも枯れず、ゆっくり死んでいく愛や平凡な愛などはないということ。」(ウィリアム・トレヴァー『ラスト・ストーリーズ』(栩木伸明訳)(国書刊行会,2020),p.203)


分かちがたく結ばれていたのに最後に別れたこの2人の物語を、トレヴァーがこうやってこの結びの一文にたどり着かせてしまったのはすごい。「ゆっくり死んでいく愛や平凡な愛などはない」って言い切ってくれてしまった。こんなこと初めて聞いたのに、ああ、そうだったんだ〜と深いところへしっくりきました。多分ここで意図されているのはメアリー・ベラとアンソニーの間にはゆっくり死んでいく愛や平凡な愛などはないということなんですが、”この世の中には”ゆっくり死んでいく愛や平凡な愛などはないと捉えてもすごく良いなあと思った。ただ直前にアンソニーとニコラの間では「すでに愛は終わっている」という一文があるので、物語世界を全体的に見たらこの解釈はできないんですが。


トレヴァーのこの短編集に通底していることだと思うんですが、愛は幻想ではなく、それぞれの人間関係、一つ一つの物語はユニークで、そして思いは無かったことになるのではなく、確かに私たちがいた部屋や風景の中に息づいているということを思わされました。